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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)160号 判決

広島県府中市元町77番地の1

原告

株式会社北川鉄工所

同代表者代表取締役

北川一也

同訴訟代理人弁理士

忰熊弘稔

石川泰男

宮地暖人

米田潤三

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

桐本勲

中村朝幸

中村友之

関口博

主文

特許庁が平成1年審判第9178号事件について平成3年4月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「チャックのジョウ形状」とする発明について、昭和55年1月18日付け出願(昭和55年特許願第5137号)からの分割出願として、昭和60年2月22日、特許出願(昭和60年特許願第34968号)をしたが、平成1年3月22日、拒絶査定を受けたので、同年5月19日、審判を請求した。特許庁は、この請求を平成1年審判第9178号事件として審理した結果、平成3年4月24日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  本願発明の要旨

「(1) ボディと、該ボディの軸線方向前方・後方へ摺動移動するプランジャと、該プランジャの摺動移動に連動しボディの半径方向内方・外方へ摺動移動するジョウとからなるチャックにおける前記ジョウが、次のような形状になされているチャックのジョウ形状

(イ)  前記ジョウの後方に突出部を備え、該突出部がもっぱらに面圧負荷を荷担するひとつの楔部材ともっぱらに曲げ負荷を荷担する補強部材とから形成されていること、

(ロ)  前記補強部材が、楔部材と直交し、且つ楔部材の巾Dよりも狭い補強部材の巾Cに形成されていると共にボディの半径方向へ伸延する形状に形成されていること及び、

(ハ)  前記ジョウの後方部位における補強部材の接合部寸法Eが、該補強部材の巾Cよりも大きいこと」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例(実開昭53-99081号公報)には、以下の記載がある。すなわち、

ボディと、該ボディの軸線方向前方・後方へ摺動移動するプランジャと、該プランジャの摺動移動に連動しボディの半径方向内方・外方へ摺動移動するジョウとからなるチャックにおいて、次の(a)、(b)の構造からなるジョウ

(a) 前記ジョウの後方に突出部を備え、該突出部が面圧負荷を荷担する2つの楔部材と(該2つの楔部材の間におかれた)曲げ負荷を荷担する補強部材とから形成されていること、

(b) 前記補強部材が、楔部材と直交し、且つ楔部材の巾よりも狭い補強部材の巾に形成されていると共にボディの半径方向へ伸延する形状に形成されていること。

(3)  本願発明と引用発明を対比すると、両発明は、本願発明においては、ジョウの後方に備えた突出部に、もっぱら面圧負荷を荷担する1つの楔部材が形成されているのに対して、引用発明においては、2つの楔部材が形成されていること(相違点〈1〉)、本願発明においては、ジョウの後方部位における補強部材の接合部寸法Eが、該補強部材の巾Cよりも大きいのに対して、引用発明においては、補強部材の接合部寸法と補強部材の巾との関係が明確でないこと(相違点〈2〉)の2点において相違するが、その他の点は一致する。

(4)  相違点〈1〉については、引用発明における2つの楔部材のうちの一方は、被加工物を把持する場合に面圧負荷を荷担するもので、その面圧負荷に耐え得る力学的強度を有するものと解することができる。しかし、被加工物の把持を開放する場合には、楔部材に、特に問題とされるような力学的強度が要求されるわけではないから、特異の構造が必要とされるものでもない。そして、可能な範囲において、部材を兼用することにより構造を単純化して、軽量化を図ろうとすることは、装置一般に課せられた本来的な技術的課題であり、この技術的課題がチャックにも当てはまることはいうまでもない。してみると、被加工物の把持と開放の両場合において、それぞれ別個の楔部材を用いないで、被加工物を把持する場合に面圧負荷を荷担する1つの楔部材だけを用いて、該楔部材に(被加工物を把持する場合に用いる面の裏面において)被加工物の把持を開放する場合の面圧負荷を荷担するようにすること(すなわち、被加工物を把持する場合の面圧負荷を荷担する楔部材を、被加工物を開放する場合の面圧負荷を荷担する部材としても兼用すること)は、格別困難を要するほどのことではないから、相違点〈1〉に係る本願発明の構成は、当業者が容易に考え得たものといわざるを得ない。

相違点〈2〉については、補強部材の接合部寸法と補強部材の巾の大小関係をどうするかは、補強部材の力学的強度を考慮することにより当業者が適宜定め得る設計的事項である。

また、本願発明においては、ジョウの後方部位における補強部材の接合部寸法Eを、該補強部材の巾Cよりも大きくしたことの技術的必然性が必ずしも明確でない。(なお、本願明細書には、ジョウの後方部位における補強部材の接合部寸法Eを該補強部材の巾Cよりも大きくしたことの技術的意味が明確に記載されていない。)

してみると、補強部材の接合部寸法Eを、補強部材の巾Cよりも大きなものとするようなことは、補強部材の力学的強度を考慮することにより、適宜なし得た単なる設計事項に過ぎないものというべきであるから、相違点〈2〉に係る本願発明の構成は当業者が容易になし得た程度のことに過ぎない。

また、本願発明の効果についてみると、本願発明は、上記各相違点において格別顕著な効果を奏するものとも認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例の記載に基づき当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)については、(a)のち、引用発明の補強部材が曲げ負荷を荷担するとの点及び(b)は争うが、その余は認める。同(3)のうち、相違点〈1〉、〈2〉の存在は認めるが、本願発明の補強部材と引用発明の補強部材は構成を異にするから、審決が前記各相違点以外は両者は一致するとした点は争う。同(4)、(5)は争う。審決は、引用例記載の技術内容の認定を誤った結果、一致点を誤認して相違点を看過し、また、本願発明の理解を誤った結果、各相違点の判断を誤り、さらには本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  一致点の誤認(取消事由1)

審決は、本願発明の「前記補強部材が、楔部材と直交し、且つ楔部材の巾Dよりも狭い補強部材の巾C」との構成に対し、引用発明を「(該2つの楔部材の間におかれた)曲げ負荷を荷担する補強部材とから形成されている」と認定した上、前記D>Cの構成において、本願発明と引用発明は一致すると認定する。しかし、この一致点の認定は誤っている。すなわち、本願発明は、前記構成、特に、もっぱらに曲げ負荷を荷担する補強部材がボディの半径方向へ伸延する形状に形成されている(かかる構成は、引用発明や本願明細書に記載の従来例のような、もっぱらに面圧負荷を荷担する2つの楔部材を1つの楔部材とする構成を採用することによって始めて可能となったものである。)のに対し、引用発明においては、一方の楔部材の巾が他方の楔部材の巾と全く同様の巾であるから、巾Cの補強部材がボディの半径方向に伸延しているとはいえない。そして、引用発明においては、一方の楔部材がもっぱら面圧負荷を荷担しているときには、審決のいう補強部材と他方の楔部材が同時に一体的にもっぱら曲げ負荷を荷担しているのであり、審決認定の補強部材のみが曲げ負荷を荷担しているものではない。そうすると、引用発明の楔部材と対比すべきもっぱら曲げ負荷を荷担する部材は、審決のいう補強部材及び他方の楔部材であるから、この両者を対比すると、本願発明の前記D>Cの構成がないことは明らかである。したがって、審決は引用発明のもっぱら曲げ負荷を荷担する補強部材の形状の認定を誤った結果、一致点の認定を誤り、相違点を看過したものといわざるを得ない(なお、審決は、本願発明のD>Cの構成の意義を正解しない結果、プランジャの顎部をボディの内周面で保護し、プランジャの顎部の破損を防止するという前記構成の奏するバックアップ効果を看過したことは後述するとおりである。なお、以下、上記のバックアップ効果を奏する構成をバックアップ構造という。)。

(2)  相違点〈1〉の判断の誤り(取消事由2)

審決は、「2つの楔部材のうちの一方は、被加工物を把持する場合に面圧負荷に耐え得る力学的強度を有するものと解することができる。しかし、被加工物の把持を開放する場合には、楔部材に、特に問題とされるような力学的強度が要求されるわけではないから、特異の構造が必要とされるものでもない」と判断しているが、かかる認定は、本願発明に係るチャックが外径把握(被加工物の外径をジョウが把握すること)のみを行うことを前提とするものである。

しかし、一般に、チャックが外径把握及び内径把握(被加工物の中空部の内径をジョウが把握すること)の両方を行う汎用性のものであることは、本願出願前における周知の技術常識である。本願発明は、その要旨において、ジョウは、「ボディの軸線方向前方・後方へ摺動移動するプランジャに連動しボディの半径方向内方・外方へ摺動移動する」とあることから明らかなように、「ボディの半径方向内方へ摺動移動する」とき外径把握を行い、「ボディの半径方向外方へ摺動移動する」とき内径把握を行う汎用性のチャックである。また、引用発明も2つの楔部材を設け、その対向面を面圧負荷の荷担面として、外径把握及び内径把握の双方を可能としているところである。しかるに、審決は、本願発明に係るチャックは外径把握専用のチャックであるとの前提に立ち、内径把握時の面圧負荷の荷担面の処理の問題を全く考慮に入れていない。本願発明は、従来の汎用チャックにおいては、引用発明のように、外径把握時及び内径把握時に生ずる2つの面圧負荷を対向する楔部材の2つの荷担面で荷担したところ、上記の2つの荷担面を1つの楔部材で兼用する構成を採用した結果、従来の面圧負荷を荷担する2つの楔部材の1つを省略することを可能としたものであり、本願出願前にかかる考え方は全くなかったものである。すなわち、本願発明に係るジョウは、突出部の楔部材を1つとして、この楔部材の裏面を内径把握時の面圧負荷の荷担面とし、開放された上面側に楔部材と直交し、ボディ半径方向に伸延する補強部材を設けている。そして、楔部材の力学的強度を補強する補強部材の長さを必要とする強度に応じて自由に調節することができるようにした全く新たな構成を採用したものである。

したがって、内径把握を全く考慮することなく、外径把握時の把持と開放のみを考慮して、開放時の荷担面を把持の場合の裏面側とすることは容易であるとした審決の理解は、外径把握時の荷担面を1つの楔部材の裏面側に移動したという本願発明の新規な構成の技術的意義を全く理解しないまま、相違点〈1〉の構成を容易であるとしたものであり、その前提となる技術的理解を誤るものであって、失当といわざるを得ない。

(3)  相違点〈2〉の判断の誤り(取消事由3)

審決は、補強部材の接合部寸法Eと補強部材の巾CをE>Cの関係にすることは、補強部材の力学的強度を考慮することにより、適宜なし得た単なる設計事項に過ぎないとして、相違点〈2〉に係る本願発明の構成は当業者が容易になし得た程度のことに過ぎないとしているが、この認定判断は誤っている。すなわち、本願発明は、単に補強部材の強度のみを高めるためになされたものではなく、チャックの把握力をより強力なものにすることが主たる目的であることから、バックアップ構造になされたチャックにおけるプランジャ顎部の強度に相当するジョウの補強部材の強度になすためにE>Cの構成を採用したものであり、顎部の強度と補強部材の強度には強度的な均衡が必要とされるのである。また、審決は、本願発明の補強部材の接合部寸法Eをその巾Cより大きくした技術的意味が明細書に明確に記載されていないとするが、この点も誤りである。すなわち、本願明細書では、「要求される補強部材60の形状は、噛合時における曲げ負荷に有効なるようその断面係数Zが大なるものであること、即ち力学的計算式で説明すれば、幅をCとし、高さをLとしたとき、Z=CL2/6(C、Lは第7図示)におけるLを大きくすることである。即ち、高さLは幅Cよりも大きいことが力学的な機能からも望ましいのである。本実施例は、ボディ1の半径方向内方寄りにスロット溝11を形成し、該スロット溝11に収容される部分を備える形状の補強部材60となすことにより、前述した寸法Lを極めて大きくできる工夫をなしたものである。」(平成1年6月19日付け手続補正書によって補正後の昭和63年8月20日付け手続補正書9頁2行ないし14行)、及び「補強部材60の力学的強度は、前記曲げ負荷に耐えるに充分な寸法の断面形状であればよいのである。本実施例のウェッジ部12を構成する補強部材60は、ボディ1のスロット溝11に収容される部分を備える形状になされている特徴を有していることから、相当に大きな断面係数Zのものまでが得られ、過大な曲げ負荷にも充分耐え得るものである。そして、第7図のものは、丈長Lを従来のものよりも非常に大きくできることで従来にない優れたものとなるのである。」(本願明細書10頁10行ないし19行)と記載して、補強部材の断面係数Zを大にして曲げ負荷に有効になるように考慮している。確かに、審決の指摘するように接合部寸法Eを使った力学的計算式は明細書中に記載されていないが、接合部寸法Eは上位概念である補強部材の局さLに含まれる下位の概念であり、楔部材50を除外した部分の補強部材60に関する断面係数Zを力学的計算式で説明すれば、前記の計算式になることは当業者にとって常識であるから、本願明細書にE>Cの構成の技術的意義が実質的に記載されているといって差し支えがないのである。

(4)  顕著な作用効果の看過(取消事由4)

本願発明は、要旨記載の構成を採用することによって、以下のような顕著な効果を奏する。すなわち、従来、2つあった楔部材の1つを省略することにより、ジョウの突出部の重さを軽量にすることができるという効果を奏する。具体的には、引用発明のような従来の2つの楔部材を有するものに比し、約20~30%も軽量化が可能となる。これにより、チャックの高回転化の要請の強い近年において(従来は約4000rpmの回転数であったが、近年は5000~5500rpmの回転数が要求されている。)、本願発明の軽量化したジョウを用いれば、重さの影響を受け易い遠心力及び慣性力を小さくすることができ、高回転化と開始又は停止時間の短縮化の要求を満足させることができるという、従来のジョウでは期待できない顕著な効果を発揮する。

また、楔部材の巾Dと補強部材の巾CとをD>Cとすることによって、これと係合するプランジャのウェッジ溝の顎部の破損を防止することが可能となる。すなわち、引用発明においては、ジョウの突出部形状が切断面「工」字形であることから、これと係合するプランジャにおけるウェッジ溝の顎部が破損するおそれがあるのに対し、本願発明においては、前記のD>Cの構成により、これと係合するプランジャにおけるウェッジ溝の顎部が保護され、破損することは全くないというバックアップ効果を奏するものである。これらの効果は引用発明からは到底予測できない顕著な効果であるのに、審決はこれを看過した点において取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2  反論

(1)  取消事由1について

引用発明の2つの楔部材間に置かれた審決認定の補強部材の機能についてみると、同発明においても外径把握の際に、ジョウ後方の突出部には半径方向の力が作用し、2つの楔部材間におかれた補強部材は、曲げ負荷のみを荷担する点において、本願発明の補強部材と同様である。そして、この補強部材は、ジョウの駆動に直接関係するものではなく、軽量化の観点からみれば、これを除去することも可能である。したがって、引用発明の補強部材は、被加工物の把握の際の曲げ負荷をもっぱら荷担させるために設けたもので、楔部材を補強するものということができるから、審決が、引用発明のジョウにおける突出部について、「2つの楔部材と(該2つの楔部材の間におかれた)曲げ負荷を荷担する補強部材とから形成されている」と認定したことに誤りはない。

そして、補強部材を楔部材上に設ける限り、楔部材の巾Dと補強部材の巾Cとの関係は、構造上必然的にD>Cとなる(楔部材はプランジャのウェッジ溝と噛合しなければならず、このためプランジャの顎部が楔部材上にくる。)ものであるから、引用発明においてもD>Cの関係になっているから、審決の一致点の認定に誤りはない。

また、原告は、引用発明では、一方の楔部材と審決摘示の補強部材及び他方の楔部材が一体化した部分が、曲げ負荷をもっぱら荷担していると主張する。しかし、曲げ負荷を荷担する部分について、本願明細書は、「要求される補強部材60の形状は、噛合時における曲げ負荷に有効なるようその断面係数Zが大なるものであること、即ち力学的計算式で説明すれば、幅をCとし、高さをLとしたとき、Z=CL2/6(C、Lは第7図示)におけるLを大きくすることである。即ち、高さLは幅Cよりも大きいことが力学的な機能からも望ましいのである。」(9頁2行ないし9行)と記載しているのである。このことからすると、引用発明のジョウにおいて、一方の楔部材と補強部材及び他方の楔部材が一体化した部分が、曲げ負荷をもっぱらに荷担しているとすれば、本願発明でも当然、楔部材と補強部材が一体化した部分が曲げ負荷をもっぱらに荷担しているから、曲げ負荷をもっぱらに荷担する部材について本願発明と引用発明とに差異はない。

(2)  取消事由2について

原告は、本願発明に係るチャックは外径把握と内径把握の両機能を備える汎用チャックであると主張するが、以下に述べるとおり、失当である。すなわち、旋盤に使用されるチャックには、外径把握と内径把握の両方に使用される汎用チャックもあるが、外径把握だけに使用されるチャックもあり(乙第1、2号証)、汎用チャックが一般的であるということはできない。この点について、原告が援用する甲第10号証記載のチャックは駆動機構について何ら記載されていないし、同11号証記載のチャックは本願発明と駆動機構を異にするものであるから、これらは単に内径把握と外径把握の両機能を有するチャックの存在を示しているに過ぎず、これをもって、汎用チャックが一般であるとすることはできない。

そして、これを本願発明についてみると、本願明細書においては、外径把握についてのみ記載されており、内径把握についての記載は全く見当たらない。したがって、本願発明が外径把握のみならず内径把握をも行う汎用チャックであるとする原告の主張は、明細書の記載に基づかない主張であるから、失当である。

(3)  取消事由3について

補強部材の形状を設計するに当たって考慮すべき点は、被加工物に対する把持力をどの程度とするかにある。要求される補強部材の強度は、得ようとする把持力の大きさに基づいて決められるもので、把持力を強大なものにしようとすれば、当然、補強部材に大きな強度が要求される。補強部材の強度を増すためには、本願明細書で説明されているように、その断面係数Zを大きくすればよいことは、当業者にとって周知の技術事項である。そして、断面係数Zを大きくするためには、補強部材の高さを増大させることが有効であるが、補強部材の高さを増せば、ボディ中心穴の内周面F(甲第3号証第5図参照)からはみ出し、補強部材のはみ出した部分を収納するためにボディを削らなければならず、そのためボディの剛性が低下することも、当業者にとって自明の事項である。このように、補強部材の高さは、得ようとする把持力に基づき、ボディの剛性を考慮して決められるものであり、補強部材の巾については、その巾を大きくしても、同一の断面積において断面係数Zを大きくするためにその高さを大きくするほどには効果的ではないから、補強部材の高さ、即ち接合部寸法Eと補強部材の巾Cとの大小関係について、その接合部寸法Eがその巾Cよりも大きいものとすることは、単なる設計的事項に過ぎないものである。また、原告は、本願発明においては、強力な顎部の力学的強度が得られることから、これと同等若しくは更に強力な補強部材にするための工夫としてE>Cの構成を採用したと主張するが、顎部の強度と同等、若しくは該強度よりも更に強力な補強部材になすためには、特許請求の範囲2、3項に記載されているように、補強部材がプランジャの外径範囲内に制限されたところの空間域よりも更に外方へはみ出す形状に形成されているとの限定があって始めていい得ることであって、単に、E>Cの関係のみでは、補強部材がプランジャの外径範囲内に制限されたところの空間域内に止まる形状も含まれるから、上記の限定のない本願発明において、E>Cの関係を単なる設計的事項であるとした審決の判断に誤りはない。

(4)  取消事由4について

本願発明が内径把握を含まないことは既に述べたとおりであるから、内径把握を行うことを前提とする原告主張の効果は本願発明の要旨に基づかない主張であるから、失当である。また、原告は、D>Cの構成に基づいてバックアップ効果を主張するが、かかる効果は何ら明細書に記載されていないのみならず、ジョウ自体が有する作用効果ではなく、ボディのスロット溝の側面とプランジャの顎部先端の面とが本願明細書添付図面第8図に示されるように同一平面上にあり、かつプランジャの顎部が同第9図に示されるようなウエッジ溝5の端縁部まで円弧に形成されているという特別の条件の下において生ずるものである(同第10図に示されるようなプランジャの顎部外周の先端部が斜めに切削されている場合、その部分はボディの内周面Fに接触することはできないから、ボディ内周面で支えられない)が、特許請求の範囲にはそのような条件に係る構成が記載されているわけではない。さらに、本願明細書及び図面には、バックアップ効果を奏しない実施例も記載されている。本願明細書に、プランジャについて、「若し円弧の一部を切削する場合でも、第10図に示す如く切削巾Hは、マスタージョウ2のウエッジ巾Dより小さくなるようにするとよい。」(甲第3号証11頁12行ないし15行)と記載されているように、第10図に示された実施例を含んでいる。この実施例は、プランジャの顎部外周面のうち切削された部分は、原告主張のようにボディ内周面で支えることはできない。このことは、第13図、第14図に示された実施例についても同様である。すなわち、これらの実施例に使用されるプランジャは、マスタージョウ本体の下側に位置できるためには、第1図及び第3図に示されるように、顎部外周の先端部が斜めに大きく切削されていなければならない。したがって、これらの実施例において、プランジャがマスタージョウ本体の下側に位置するとすると、プランジャとマスタージョウとボディの関係は第4図と同じ状態になっており、プランジャの顎部外周面Gはボディの内周面Fで支えられていない。また、プランジャが突出部に位置する場合でも、前記のように、プランジャは顎部外周の先端部が斜めに切削されているので、第10図の場合と同様、その切削された部分はボディの内周面Fに接触しておらず、ボディで支えられていない。

このように、本願発明の特許請求の範囲には、ジョウ自体の構成が記載されているのみで、原告主張の作用効果を奏するために必要なボディとプランジャの構成が記載されているわけではない。しかも、前記のとおり、原告主張のような作用効果を奏しない実施例も記載されているのであるから、本願発明と引用発明に原告が主張するような作用効果上の差異はない。

そうすると、結局、本願発明の目的は、外径把握の際の遠心力による把持力の低下を解消するために、剛性を高め、軽量化したジョウを提供しようとすることを基本的目的としたものであり、その目的及び特許請求の範囲の記載からみて、ジョウ自体の発明であることは明らかであり、プランジャの強度が高められるジョウ形状を提供することを目的とするものではないというべきである。したがって、原告主張の作用効果はいずれも本願発明の構成に基づかない主張であり、失当である。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載の記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第3号証の1(昭和63年8月20日付け手続補正書)及び同第6号証(平成1年6月19日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりであると認められる。

本願発明は、ボディと該ボディの軸線方向の前方及び後方に摺動移動するプランジャと、該プランジャの摺動移動に連動してボディの半径方向の内方及び外方に摺動移動するジョウからなるチャックにおけるジョウの形状に関する発明である。従来のチャックにおけるジョウに関しては、以下の2つの課題があった。その1つは、工作機械の主軸の回転数が高速化するにつれ、ジョウ自身が被加工物を把握する力、すなわち、ジョウの把握力が遠心力により減殺され、ひいては切削不能となるおそれがあるため、外径把握時におけるチャックの把握力をいかにして強力なものとするかという点である。他の1つは、ジョウの軽量化である。本願発明は、上記の各課題の解決を目指したものであり、上記の各課題解決のために、楔部材の機能と補強部材の機能を明瞭に区別した要旨記載の構成を採用したものである。

3  取消事由について

(1)  取消事由1について

本願発明におけるもっぱらに面圧負荷を荷担する楔部材の巾Dともっぱらに曲げ負荷を荷担する補強部材の巾Cが、D>Cの関係にあることは当事者間に争いがない。そこで、DとCの関係を上記のように限定した技術的意義について検討する。本願明細書には、従来のジョウの内方部分に噛合手段を備えたチャックの有した問題点に関し、「今トップジョウ3’で図示しない被加工物の外径を把握するための作動を行うと、マスタージョウ2’のウェッジ部2’aには、矢印Pなる力が半径方向外方へ作用し、この力Pの作用によりプランジャ4’のT字形ウェッジ溝4’aの顎部4’bには、ボディ1’の穴との接触が離合する部分Qを基点として曲げモーメントMが矢印方向に作用する。しかして、更に作用力Pが増大すると該部分は応力の集中を受けジグザグ線6の如き破損が進行する。当然ながら、離合する部分Qを基点にしないときは、T字形ウェッジ溝4’aの最も脆弱な切欠き部位から45度方向へ向けジグザグ線6の破損が進行する。」(前掲甲第3号証の1、6頁6行ないし18行)との記載が認められ、この記載によれば、前記のような従来形のチャックのジョウ形状においては、被加工物を外径把握する際に、ジョウのウェッジ部に半径方向外方へ向かう力が作用するため、プランジャの顎部には曲げモーメントMが作用する結果、プランジャの顎部に応力が集中し、プランジャとボディの中心穴との接触が離合する部分等を基点として、プランジャ顎部に破損が進行するおそれがあるとの問題点を有していたものと認められる。

これに対し、本願発明においては、前記D>Cの構成により、プランジャのウェッジ溝の顎部の外周面がボディ中心穴の内周面と接することを可能とし(本願発明の実施例に係る第7図、第8図参照)、この結果、プランジャのウェッジ溝の顎部に曲げモーメントが掛かった場合でも、その外周面はボディ中心穴の内周面によって保護される関係(原告のいうバックアップの構造)の成立を可能ならしめるものであるということができる。

もっとも、本願発明はチャックにおけるジョウの形状に限定した発明であるところ、上記のバックアップ構造は、ジョウの形状を規定するだけでは足りず、これに対応するプランジャ及びボディの形状をも規定して始めて成立するものであり、ジョウの形状を規定しただけではバックアップ構造の成立要件として不十分であることは当然である。このことは、例えば、本願明細書によれば、本願発明の実施例として示された第9図のようにプランジャのウェッジ溝のボディ内周面側の端縁部が円弧状に形成されている場合には、ボディ中心穴の内周面によってバックアップされるが、同第10図のように、前記端縁部が平坦状に切削されている場合には、その切削の程度によってはボディ中心穴の内周面によってバックアップされない場合が生ずることは明らかなところであり、この点は、本願明細書においても、「若し円弧の一部を切削する場合でも、第10図に示す如く切削巾Hは、マスタージョウ2のウェッジ巾Dより小さくなるようにするとよい。」(前掲甲第3号証の1、11頁12行ないし15行)と記載しているところからも明らかなところである。このように、確かに、原告主張のプランジャ顎部のボディ中心穴の内周面によるバックアップ構造が成立するためには、ジョウの形状を規定するのみでは不十分であることは明らかであるが、しかし、上記の構造を成立せしめるためには前記のD>Cの構成が不可欠の要件であり、この要件なくしてバックアップ構造を実現することは不可能である。そして、本願明細書は、バックアップ構造実現のためのプランジャ及びボディ側が必要とする形状についても言及していることは前記のとおりであるから、バックアップ構造実現のための必要条件を規定するものとして、前記D>Cの構成は技術的意義を有するものというべきである。

そこで、進んで引用発明について検討する。成立に争いのない甲第7号証(引用例の実用新案出願公開公報)及び同第3号証の2(引用発明のジョウ構造を明確にした原告作成の参考図、別紙図面3)によれば、引用発明は、3爪構造のチャックにおいて、自動的にワーク把握を可能ならしめるための「旋盤に於ける把握姿勢検知装置」に関する考案に係るものであると認められる。そして、そこに開示されているところのジョウが、その後方に突出部を備え、該突出部が面圧負荷を荷担する2つの楔部材を有するものであることは当事者間に争いがない。そこで、引用発明におけるジョウの形状について更に検討するに、前掲各甲号証によれば、引用発明のジョウにおける後方突出部は断面「工」字形をしており、楔部材250がプランジャのウェッジ溝と噛合し、被加工物を把握する際の面圧負荷は、外径把握時は250aが、内径把握時は250bが、それぞれ荷担するものであること、曲げ負荷は断面「工」字形をした突出部全体が荷担するものであること(この事実は、本願明細書に、本願発明に関して、「要求される補強部材60の形状は、噛合時における曲げ負荷に有効なるようその断面係数Zが大なるものであること、即ち力学的計算式で説明すれば、幅をCとし、高さをLとしたとき、Z=CL2/6(C、Lは第7図示)におけるLを大きくすることである。」(9頁2行ないし7行)との記載から明らかであり、この点は、被告においても明らかに争わないところである。)、面圧負荷を荷担しないという意味で、もっぱら曲げ負荷のみを荷担する部分は、外径把握時においては、審決がいうところの補強部材(前記「工」字の中央部「|」の部分)及び250bを有する楔部材が、内径把握時においては、前記補強部材及び250aを有する楔部材が、それぞれもっぱら曲げ負荷を荷担していることがそれぞれ認められ、他にこの認定を左右する証拠はない。

以上の認定によれば、引用発明においては、上記の意味でのもっぱら曲げ負荷を荷担する補強部材とは、審決がいうところの補強部材及びもっぱら面圧負荷を荷担する楔部材以外の楔部材ということになる。してみると、突出部全体が曲げ負荷を荷担するということからすると、審決がいう補強部材もその一部分として曲げ負荷を荷担することは明らかであるから、審決がいう補強部材が曲げ負荷を荷担するとの認定に誤りはなく、この限りにおいては、引用発明においても、楔部材の巾(本願発明のD)と審決がいう補強部材の巾(本願発明のC)の間に、前者が後者より大であるとの関係(本願発明におけるD>Cの関係)が成立しているものということができる。

しかしながら、本願発明におけるD>Cの関係は、「もっぱらに面圧負荷を荷担するひとつの楔部材」と「もっぱらに曲げ負荷を荷担する補強部材」の間の関係であることは、前述したとおりであるから、本願発明の「もっぱらに曲げ負荷を荷担する補強部材」に対応する引用発明の部材は、審決がいう補強部材及び面圧負荷を荷担する楔部材以外の楔部材であることは前述したところから明らかというべきである。そうすると、引用発明のジョウ後方にある前記突出部は、前記認定のとおり、断面「工」字形であることからすると、ここに本願発明のD>Cの関係が成立していないことは明らかというべきであり、かかる引用発明においては、本願発明のD>Cの関係があることによって始めて可能となる前記のバックアップ構造はとり得ないものといわざるを得ないというべきである。

そうすると、審決は、引用発明においても「もっぱらに面圧負荷を荷担するひとつの楔部材」と「もっぱらに曲げ負荷を荷担する補強部材」の間に、本願発明のD>Cの関係があるとした点において、その認定を誤ったものといわざるを得ず、その結果、本願発明と引用発明の一致点を誤認し、ひいては相違点を看過したものというべきである。

よって、取消事由1は理由があり、審決は、既にこの点において取消しを免れないというべきであるが、なお、念のため、取消事由2についても検討する。

(2)  取消事由2について

(a)  審決が、本願発明のチャックは外径把握専用チャックであると要旨を認定し、これを前提として相違点1の判断をしたものであることは、前記の審決の理由の要点から明らかであるし、この点は被告も自認するところである。これに対し、原告は、本願発明のチャックは、外径把握に限定されず、内径把握も行い得るチャックであると主張し、かかる前提に立つと、相違点1の判断には誤りがあると主張するので、相違点1の判断の当否を判断する前提として、まず、上記の点を検討する。

本願明細書によれば、本願発明の特許請求の範囲には、前記の本願発明の要旨と同様の記載があることが認められる。そこで、本願発明の特許請求の範囲の技術的意義を理解するために、本願出願前における当業者に周知のチャックに関する技術水準について、以下、検討する。

〈1〉成立に争いのない甲第10号証(昭和53年5月10日財団法人日本規格協会発行、同協会編集「JISハンドブック工具1978」723頁ないし725頁)には、3爪のチャックに関し、同一のチャックにおいて、「外づめ」と「内づめ」を使い分けることが可能である旨の記載が認められるところ、前者が被加工物の外径把握であり、後者が内径把握であることは725頁記載の図3、4から明らかである。〈2〉成立に争いのない甲第11号証(昭和49年1月30日株式会社内田老鶴圃新社発行、岡本定次著「工作機械の構成」増補版145、146頁)には、「スクロール・チャック」及び「パワー・チャック」に関する記載があり、「スクロール・チャック」の項に、「一般にチャックに共通している点は、親爪(master jaw)の先には硬爪(hard jaw)または生爪(soft jaw)が付け換えられるようにして、硬爪の取付け向きを換えることによって、内側押えと外開きの両方に用いられる。」(145頁下から5行ないし3行)との記載があり、また、被加工物の締付けに空気圧、油圧等を使用する「パワー・チャック」も被加工物の把握構造自体は「スクロール・チャック」と差異がないことを認めることができる(この点は後出の甲第12号証173頁(3)も参照)ところ、前記の「内側押え」が外径把握であり、「外開き」が内径把握であることは146頁図6.30から明らかである。〈3〉成立に争いのない甲第12号証(昭和43年4月10日株式会社養賢堂発行、機械製作法研究会著「改訂新編機械製作」下巻171頁ないし176頁)には、同一チャックを使用して、工作物の外周をつかむ場合及び工作物の穴をつかむ場合が記載されている(176頁)ところ、前者が外径把握であり、後者が内径把握であることは176頁図8・24から明らかである。〈4〉成立に争いのない甲第13号証(昭和42年7月20日日本工作用機器工業会発行「工作用機器」Vol.4収録の坂崎勝彦、細井英一著「パワチヤックの構造と特徴(2)」5(3))には、3爪チャックの把握力に関して、「外周把握」と「内周把握」がある旨の記載があり(29頁左欄下から12行)、前者が外径把握であり、後者が内径把握であることは29頁左欄中の回転中における実際締付力を示す式から明らかである。

以上の各記載内容及び各記載書物の有する一般概説書的性格に照らせば、同一のスクロールチャックあるいはパワーチャックにおいて、その構造上、被加工物の把握に当たり、外径把握及び内径把握のいずれもが可能であることは、本願出願前における当業者に周知の技術的事項であったものと認めるのが相当である。

この点に関し、被告は、いずれも成立に争いのない乙第1、第2号証を援用して、本願発明のチャックは外径把握専用のチャックであると主張するので検討するに、前掲乙第1号証(昭和32年9月30日社団法人日本機械学会発行、竹中規雄他著「工作機械」127頁)には、旋盤の分類標準が一覧表として記載されているところ、被告はその中の「棒材用自動旋盤」の記載を取り上げ、この旋盤は専ら棒材を加工するものであるから、外径把握専用のチャックであることは明らかであるとし、また、同乙第2号証(特開昭51-118177号公報)には、「旋削工作機械の棒材送り装置」に関する発明が記載されており、この発明に使用されるチャックは外径把握専用のものであるとし、外径把握専用のチャックが存在するとする。確かに、前掲各乙号証によれば、上記種類のような外径把握専用のチャックが存在することは明らかであり、そして、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、従来チャックの外径把握時における問題点の記載はあるが、内径把握に明示的に言及した記載がないことは被告の指摘するとおりである。

しかしながら、チャックに関する本願出願前の周知の前記技術的事項を踏まえて、本願発明の特許請求の範囲の記載をみると、本願発明のチャックはその構成上、外径把握のみならず内径把握も可能な構成を有するものであることは明らかであり、前記特許請求の範囲の記載において、本願発明のチャックを外径把握専用チャックに限定した記載を見いだすことはできない。この点につき、被告が援用する前掲各乙号証記載のチャックは、いずれも棒材の加工専用チャックとして、特にその用途を外径把握に限定したものであって、このような限定を欠く本願発明とは異なるものといわざるを得ない。そして、本願発明の特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に把握することができないとか、あるいは一見して誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情が認められない本件においては、本願明細書の発明の詳細な説明を参酌して、本願発明の要旨を外径把握専用チャックに限定して認定することが許される場合に当たらないことも明らかである。

そうすると、前記のようなチャックに関する本願出願前の周知の技術水準に照らすと、本願発明の特許請求の範囲の記載においては、チャックを外径把握専用に何ら限定していないのに、これを外径把握専用チャックであると要旨認定した審決は、相違点1の判断の前提理解において誤っているといわざるを得ない。

(b)  以上説示したところに立脚して、相違点1に関する判断の当否について検討する。審決は、本願発明の楔部材の外径把握時の面圧負荷を荷担する面(別紙図面3、50aの面)の裏面(同50bの面)は、内径把握時の面圧負荷を荷担するものではないとの前提理解に立ち、引用発明の楔部材の1つである前記図面3の250bの面は、外径把握における「把持を開放する場合の面圧負荷を荷担する(面)」であるから、把持を開放する場合には、「特に問題とされるような力学的強度が要求されわけではな(い)」し、また、部材を兼用するとの観点からしても、前記250bの面を250aの裏面に移動させることは容易であると判断したものであることは、前記審決の理由の要点に照らして明らかなところである。しかしながら、本願発明の前記50bの面が内径把握時の面圧負荷を荷担する面であることは明らかであり、この観点からすると、50bの面を、前記審決がいうように「特に問題とされるような力学的強度が要求されわけではな(い)」ということができないことは明らかというべきである。そうすると、審決は、本願発明の前記50bの面及び引用発明の前記250bの面の有する内径把握時の面圧負荷の荷担という技術的意義を看過し、これらの面がいずれも「特に問題とされるような力学的強度が要求されわけではな(い)」把持を開放する場合の面圧負荷を荷担する面に過ぎないとして、相違点1につき、前記のとおり容易の判断をしたものであることは明らかである。

したがって、審決は、本願発明の特許請求の範囲におけるチャックを外径把握専用チャックであると誤って認定し、この誤った要旨認定を前提として、内径把握時における面圧負荷の荷担面に関する重要な技術的事項を看過したまま相違点1について推考容易の結論を導いたものであるから、審決の容易性の判断は誤っているといわざるを得ない。

したがって、取消事由2も理由がある。

(3)  以上のとおり、取消事由1、2は理由があり、これが審決の結論に影響することは明らかであるから、審決は違法というべきである。

4  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 押切瞳 裁判官 田中信義)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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